名もなき日々の備忘

日常の中で感じたこと、書評、資格、趣味、ぼやき等

休息

 自動化された機械のように朝無意識にテレビのリモコンの電源ボタンを押す。『大型連休最終日の今日』というニュースキャスターのフレーズを、支度をしながら耳だけで捉え、明日から通常運転に戻ると言うことを、実感が伴わないまま理解しようと努める。

 連休4日目の昨日は喉の痛みが強く風邪気味だったので、終日寝て過ごし体力回復に充てた。昨年も一昨年もgwは6月の試験に向けて朝から夕方まで勉強していたので、なにも予定なしに過ごす連休は久しぶりだった。試験が終わってからやろうと思っていたことは色々あって、解放された直後は活動的に動いていたが、最近そのペースが落ちてきている。これなら、昨年や一昨年の方が充実感はあったかもしれないな、とふと思うが悲しくなるのでそれ以上は考えないようにする。

 ここ最近思ったことを書き留めておきたかったのだが、どれくらい本気かわからないが冗談めかして「働きたくない」と言う人がいる。だが、働きたくない人などいないのではないだろうか。嫌な環境や、自分に合わない仕事をしたくないだけだ。仕事があるから休みの日が充実するし、休みの日があるから仕事を頑張れる。それ以上でもそれ以下でもなく、これが真理だと思う。単純にそのバランスを崩している人が多すぎるだけではないだろうか。長い休みになるたびに自分の中で悶々とすることを言語化するとそう言うことなのだろう。人間にとってストレスは必要であり、大切なのはストレスをキャパの範疇にコントロールする力だ。

 そうだとすれば、連休明けの仕事もそこまで億劫になるほどのことではない。試験が終わってもう半年。仮に前回奇跡的に受かっていなければ今頃も勉強中だっただろう。正直もう十分休んだ。また目標がほしい。

 仕事があるから休みの日が嬉しい。ストレスがあるから自らを律することができる。人生限りがあるから何かをやろうとする。そう言う考え方はマイナスさえプラスに変換するメンタルの強さになるような気がした。

 

WAIS-Ⅳ

 自分の内面をこうして書き起こすことが、渦巻いている感情を整理するある種のルーティンになりつつある。内向型の人間にとっての内省する時間の重要性は、人間が睡眠をとることのそれと等しいのではないかとすら思う。

 

 さて、2026年1月17日にカウンセリングセンターで知能検査を含む様々な心理検査を受けてみた。その結果を2026年2月14日に心理士からフィードバックしてもらったため、その結果と思うところについて。

 明確にいつからかは分からないが、自分のことを発達障害グレーゾーンや境界知能かもしれないと疑うようになっていた。気づけばインターネットや書籍でそれらの情報についてよく収集していた。自信をなくすようなことがある度に、本当にそうかもしれないと思うようになっていった。

 心理検査を受けることで、その疑念に対する答えを出し、人生のヒントにしてみたかったのだ。そんな考えを抱くようになったのは少なくともここ最近のことではない。

 検査結果は約3時間少しだろうか。性格検査も含めたオールインワンの検査であったため、費用も7万弱した。一番試したかった知能検査では、機械の動作検査のごとく、脳のあらゆる機能を一箇所ずつ点検しているような感じで、聞いていた通り後半になるほど難しく、全力で取り組んだらかなり疲弊するような内容だった。所感としては、なんとかやり切った感じがあり、凸凹はあるものの平均以上のIQは出るだろうと思っていた。

 

 1ヶ月後、zoom面談でフィードバックを受けた。その結果が以下だ。

 

言語理解113

知覚推理93

作業記憶91

処理速度87

全検査IQ97

 

『うん、予想のマイナス10くらいだな』というのが正直な感想だ。まさか平均の範囲内とはいえ100を超えていなかったとは…

  一番高い言語理解も、地頭の良さというより、読書習慣とか勤勉性によるところが大きいからな、と思い軽くショックであった。少しだけ動揺していたのは心理士に悟られていなかったか心配だ。

 だが、考えてみれば境界知能を疑いつつこの結果にショックを受けるというのは矛盾している。本当の自分には周囲の人間以上の能力があり、それを周囲は理解していないだけだと思っていたのだろう。ダニングクルーガー効果を自ら証明してしまった訳だ。

 今回検査を受けたことで、境界知能ではないことがはっきり分かった。だが、言語理解だけが突出し、他の項目が90前後で足を引っ張っているというのは、発達障害を疑う材料になりうる。もちろんこれで診断がつくわけではないことは最初から分かっていた。今後少し自分の考えを整理する時間を設けて、行き詰まってしまったらその時は診断してもらうことも視野に再度相談しに行けば良いだろう。

 

 今回の土日は実家に戻ったが、今度は1ヶ月後でいいかなと考えている。一人暮らしを始めて1年経たないくらいは帰りたくて仕方なかったし、毎回実家から東京に戻るのが寂しく感じた。今はだいぶ落ち着いていて、勉強がひと段落してから毎週したいことも思いつく。内省する時間とそのアウトプットは自分の内面を蔑ろにしないためにも必要なのだ。私は改めてそう感じ、今の自分において内面に耳を傾けることが自分の輪郭を明瞭にしていくかのような、その感覚を大切にしたいと思った。 

 

 

 

 

苦労の果て

 2ヶ月弱後回しにしていたがこのことは記録に残しておきたい。時間を空け、少し落ち着いた頃の方が冷静かもしれない。2026年1月5日は第171回日商簿記検定一級試験の合格発表日だった。試験直後は模試の予想も当たり、それなりに手応えがあったが、回答速報と、自分の導き出した回答のメモを照らし合わせ(問題用紙が持ち帰れるので回答を端にメモしていた)、基礎的なところで痛いミスをしていたところが数箇所あったと気づく。相対評価・合格率約10%の難関試験において、基礎的な問題の取りこぼしが合否にどれだけ大きな影響を及ぼすか、3回不合格だった自分が一番よくわかっていた。自己採点の結果は70点の合格ラインちょうどボーダーで、他の予備校の配点予想を元に点数を振り直してみても、70点に僅差で届かないものが多かった。今度は来年の6月か、となんとか気持ちを切り替える方向に意志力を使った。その後は気持ちを完全に切らさないようにすることと、直前期間よりは少し緩めることのバランスを意識して、気分転換を織り交ぜながら1ヶ月と3週間を過ごした。

 発表当日は本当は結果を見ないつもりだったが、結局見るのだからいま見ようが1週間後見ようが変わらないと思い、仕事が終わり、夕食も済んだ21時ごろ成績照会サイトで自分の番号を入力した。この時点で、ダメだった自覚はありつつ僅かな可能性に期待していたのだ。余程できた人間でもない限り、誰しもそういうところがあると思う。端的にいうと、自分に甘い。同意を求めるのも野暮かもしれないが、読者にもそういう自覚のある人はいるのではなかろうか。

 

 成績照会サイトを開き、以下の情報が得られた。

 

合計得点:70

内訳:商業簿記14 会計学12 工業簿記19 原価計算25

合否:合格

 

 あと一点でも足りなければ不合格という、かなり逃げ切った感じで約2年半の長期戦は幕を閉じた。だが、それでもそんなことは気にならないほど歓喜と開放感が自分を支配していた。勉強を本格的にし始めたのは2023年の8月くらいだった。2年半という歳月は、自分が変わらなかったとしても自分の周辺を変えるには十分な歳月だった。いい変化もそうでない変化もこの結果をもって全て肯定することとした。

 さて、今回それなりに長い歳月を経て自分は何を得たか、改めて自身に問うてみる。勉強を始めた頃は、猛烈に努力を始めた自分と、その先に地続きの合格した自分を想像して、全能感に浸っていた。合格すれば哲人であるかのように思っていたのだ。だが、今ここに残っているものは肩書きができたことの少しの安心感、知識に対する少しだけの自信、自分はどこまでいっても自分であることの再認識である。決して高くない自分の能力でこのくらいの努力量をこなせば、このくらいの難易度は達成できるだろうなという、冷静で等身大の視点。「受かったよ、だから何?」というような感覚。目標は追い続けている時の方が楽しいと言うのは本当にそうなのかもしれない。合格した後と前で、自分という人間が変わるわけではない。それでも自分にとっては価値があると思って打ち込んだことだ。そのことだけは肯定したい。

 なんだかんだでキャリア的にはかなり順調なはずだ。背伸びした自分ではなく等身大の自分を認めることを大切にしたい。ときに立ち止まり、振り返ったり悩んだりしつつ前進するしかないようだ。

 

締めましてさようなら

例により連休は後半になると体感速度が加速して、最終日の今になると、あっという間の9連休だったと感じる。2年前のブログを見返して、していることがほとんど変わっていないことに一抹の焦りを覚える。あれからどれだけ自分の意思で歩いて来れたのだろうか。昨年は、引越し、労働組合の活動、かつての同僚の逝去、人間関係の諍い等、いろいろあり、もちろん悪いことばかりではなかったのだが一言でいうと少し疲弊した。資格の勉強も今だに継続している。だが、終わりが見え始め進むべき方向を見誤らぬよう、また、狭い視野に俯瞰した視点を取り入れられるよう、その一歩目を歩むことはできた。それは決して小さくないことのはずである。具体的には自らのパーソナリティとキャリアについて、それぞれ専門的な第三の視点を取り入れることが出来たことである。思考の柔軟さ、言い換えれば視点の多様さは、心のしなやかさに直結するであろう。

 

さて、今年の目標は

・2月 全経簿記上級合格(日商簿記までのモチベ維持目的)

・6月 日商簿記一級合格(5回目の受験。あと少しなはずなのだが…)

TOEIC、英会話勉強の開始(20代のうち1人で海外旅行するという目標ができた)

・カメラを買って旅行先で写真を撮る(2年前も書いてた。結局まだやってない。)

・会社以外のコミニュティに参加する(今のところ写真サークルあたりを検討、弓道も悪くはないが心身が拘束される)

・転職エージェントに転職の方向性について相談し、舵を切る(一級取得+実務経験+20代の市場価値を無駄にしないという思いはやはりある)

・「属性の違う人たちと関わる」ということを意識する(昨年エージェントの方から言われた)

 

したいこと自体はいろいろあるんだなと改めて思う。できることから始めてみよう。

 

今ふと最初に書いたタイトルが目に入ったが、そこに深い意味はない。いつぞや父方の祖母が新年に言っていたのだ。もう足が悪く、今年はあまり元気でもなさそうだったが、孫の顔見ると多少元気になるのかな?聞いていたほど悪くなさそうに見えた。

一人暮らしを始めて、人と関わりたいと思うようになったことは今までの自分では考えられない変化で、年末年始の家族との時間は自分なりに大切に過ごせたと思う。

そう言うわけでこの辺りで、締めましてさようなら。

形容できない何か

旅立ちと言ったら大袈裟なことこの上ない。たかが、生活の拠点が実家から車で90分の距離に移るだけだ。帰ろうと思えばいつでも帰れる距離だし、生活感もそんなに変わらないだろう。実家を出ると決めてからだいぶ時間は経ったが、物件探しから今日に至るまでが思いのほか短く、一つの節目という実感が今日まで全くなかった。事実を単なる情報として受け取ることと、実感を伴って本当の意味で理解することには時間的に開きがある言うのは、これまで生きていて何度も経験があった。今回に関しても全く同じで、祖母宅に一応挨拶に寄った帰りに、込み上げてくる、形容できないものがあった。嬉しいのか、寂しいのか、何なのかよく分からない。朝から今日の感情は、何となく懐かしい感じがする。小学校の卒業式とかもこんな気分だったかもな。前進することに期待しつつ不安もあり、それと同時に、昔の感情が当時と同じように蘇るような感覚。言葉を知ると言うことは、こうした内なるものを発露するためにも手段として最も優れていて、学び続ける価値はあるのだろう。

なんにせよ、人生における一つの節目という感覚を、今日を持って得ることができた。大人になるのに必要な通過儀礼を一つ潜れた気がする。ありがとう。これからも続く長い道のりを、自分なりに歩いていこう。

10連休

本来なら、6月の試験が終わったところでゆったりブログでも書こうと思っていたものが、本命の6月に完敗し、その半年後にリベンジしたものの、まだ結果待ちだが望みが薄く、気持ちの切り替えのようなタイミングが年末しかなくなってしまった。

 

最後に更新したのは2月の末ごろだったか、

その頃から身の回りに随分と変化はあったし、それに伴い自身の考え方も変わるのは必然だ。

 

2月の書評とかみてると、真面目というか、かくあるべきみたいな観念に縛られ、半分義務感で書いてる感もある。読まれることを当時は意識してたっけ?所詮自意識過剰じゃないか。もう少しフランクに、深く考えずに書いてみようか。おそらく自分の性格由来のものだが、何かを始めるに際し、最初のハードルを自分で高くし過ぎないということは重要だと最近感じる。

 

さて、この一年で一番大きな変化はやはり転勤だろう。当時は現状に燻っていたところ、本当に渡りに船というような出来事であった。まさか一番望んでいた場所に行けると思ってなかったし、直後は自分の意思を汲んでもらえた嬉しさから、半端な仕事はしないという決意のようなものもあった。しかし、意思の力はそう長く続かない。逆に、意思に頼っているうちは出せる結果など高が知れている。努力を自分で努力だと思っているうちはまだ足りて無いんだよ。習慣となり、自分の脳から強く命令を出さなくても体が勝手に動くようになってから、ようやく結果を出すための実力が醸成され始めると信じて疑っていない。

 

そんなこんなで粘り強くやってみたけれど、実際思い通りにいかないことが多いし、ギャップは多々ある。能力の低い人ほど自分の能力を過大評価するらしいが、自分はまさにそれでは無いかと思ってしまった。しかし、これはこの先何度も体感することなのだろう。そしてその落差がだんだん小さくなっていき、やっと実力相応の自信がついてくるらしい。馬鹿の山→絶望の谷→啓発の坂→継続の大地だったか

 

意思に頼らないとは言っても、自分の中にある信念のようなものは、日頃の行動の随所に現れてしまうものだ。自分の中にあるそれは一体全体なんだろう。答えを急ぐのではなく、時にはスローペースで寄り道する期間も必要か。まあ、色々な経験の中から自分を見つけ、何かしら答えが出せるといいなくらいに思っておこう。自分のこと、知ってるようで実はそんなに知らないではないか。

 

なんだかんだで今年は充実してた気がする。この現状に満足せず、当面は自分の中にある答えを探し続けてみたい。

書評「発達障害の人が見ている世界」

月に一度は更新しなくてはという義務感と同時に、何かを文章として書き出したいと言う願望に突き動かされた私の重い指により、この日記のようなブログは約1ヶ月半ぶりに更新されることになる。(勉強続きで背中の痛みを生じ、床に横たわりながら)

今回は読書感想・書評として「発達障害の人が見ている世界 著 岩瀬利郎」に書いてみよう。

この本を書店で手に取ったのは昨年の9月か10月くらいだろうか。自分は発達障害傾向があるのでは?と昔から感じていたこともあり、書店で立ち読みすると読み入ってしまった。

特に注意欠陥・多動衝動、こだわりの強さ等よく知られた特性以外にも、発達障害の人には傷つきやすさ、自信のなさも共通して多く見られることを著者自身の経験から見出しており、今まで読んだ発達障害(主にadhd)関係の書籍にはない、私自身のことについて新たな気付きにも繋がる視点であった。

結局のところ、グレーゾーンの人や、自分ももしかして?と思っている人を救うものは診断による確定ではなく、脳の特性によって生じる考え方・行動がある程度パターン付けされていることを知り、自分に共通する部分を学ぶこと通じて自己への理解を深めることに尽きるのだと思う。それは発達障害であっても正常発達であってもその中間であっても変わらない。自分を嫌いにならずに済むため、知ることは誰にとっても救いになり得ると思う。

世間的には発達障害という概念が随分浸透したと思う。ただ、自らが当事者でなくとも、一部の人たちには、社会にはこんな人たちもいるということを知ってもらいたい。そうすれば無知ゆえに生じる軋轢は回避できる。大学時代のある知人を思い出すと、そう思わずにはいられない。

 

2024.2/18夜描き始め

至2/19 退勤電車の中